メリスマとは|歌での意味・語源・英語

メリスマとは、歌詞の1つの音節に複数の音(音符)を当てて、音を連ねながら歌う技法です。たとえば「あいしてる」の「て」を1つの音で歌えば普通の歌い方ですが、「て」の母音「え」を保ったまま「ソ・ラ・ソ・ミ・レ」と5つの音を滑らかにたどれば、それがメリスマになります。言葉の数は変わらないまま、音の数だけが増えるのが特徴です。

「メリスマって何?」と聞かれたら、1文字(1音節)の上で音階を駆け上がったり駆け下りたりする歌い方と答えるのがいちばん伝わりやすいでしょう。R&Bやゴスペルの歌手がバラードのサビ終わりで聴かせる、細かく音が動く節回しを思い浮かべるとイメージしやすいはずです。

音楽用語としてのメリスマの意味

音楽用語としてのメリスマは、もともと声楽曲の書き方(作曲の様式)を指す言葉です。楽譜の上では、1つの歌詞の下に複数の音符がスラー(弧線)でまとめられ、歌詞のあとに横線が引かれている部分がメリスマにあたります。つまり、音楽でいうメリスマとは「歌詞と音符の割り当て方」の一種であり、歌う側から見ると「1つの母音を保ったまま、複数の音を切れ目なく歌い分ける歌唱」のことです。

歌の世界では、作曲の段階で最初から書かれているメリスマと、歌手が即興で加えるメリスマの両方があります。クラシックの声楽曲やグレゴリオ聖歌では前者が中心で、R&BやJ-POPでは後者、つまり歌手がメロディーを崩して音を足す形で聴かれることが多くなります。

同じ1音節に1音を当てるか複数の音を当てるか 普通の歌い方 メリスマ て て ─── 1音節に1音 1音節に5音(スラーで結ぶ)
メリスマは歌詞の数を変えずに、1つの音節の上で複数の音を連ねて歌う

メリスマの語源と英語での言い方

メリスマの語源は、ギリシャ語で「歌」「旋律」を意味する melisma(メリスマ)です。英語でも同じつづりの melisma がそのまま使われ、発音は「メリズマ」に近くなります。形容詞は melismatic(メリスマティック)で、「メリスマ的な」「メリスマの多い」という意味です。

ただし、ポップスやR&Bの現場では、melisma という学術的な言葉よりも runs(ラン)や riffs(リフ)という言い方のほうがよく使われます。runs は音階を一気に駆け上がる・駆け下りるような速い音の連なり、riffs は短い装飾のフレーズを指すことが多く、どちらもメリスマの一種と考えてかまいません。英語のボイストレーニング動画で「vocal runs」と検索すると、メリスマの練習素材がたくさん見つかります。

メリスマ的(メリスマティック)とは|シラブル様式・ネウマ様式との違い

メリスマ的とは、英語の melismatic を訳した言葉で、カタカナのままメリスマティックとも呼ばれます。メリスマ的、つまりメリスマティックとは、1つの音節に多くの音が当てられている状態や、そうした書き方をされた曲・フレーズを表す言葉です。「この曲はメリスマティックだ」と言えば、歌詞の数に対して音の数がとても多く、1つの言葉を長く引き延ばして歌う箇所が多い曲だという意味になります。反対に、1音節に1音ずつ当てて言葉をはっきり伝える書き方は「シラブル的(シラビック)」と呼ばれます。

歌詞と音の割り当て方の3つの様式

音楽史、とくにグレゴリオ聖歌の研究では、歌詞と音の割り当て方を次の3つの様式に分けて説明するのが一般的です。メリスマ様式はこのうち、音の数がいちばん多い書き方にあたります。

様式1音節あたりの音の数特徴
シラブル様式1音言葉が聞き取りやすく、語るような旋律になる
ネウマ様式2〜4音程度ところどころで小さく音が動く、中間の書き方
メリスマ様式5音以上の長い音の連なり1つの母音を長く歌い、旋律の美しさや祈り・感情の高まりを表す

音の数の境目は厳密に決まっているわけではなく、「1音節1音ならシラブル、少しだけ動くならネウマ、長く動けばメリスマ」とざっくり理解しておけば十分です。シラブル様式について詳しくは歌のシラブル様式とはで解説しています。

1音節あたりの音の数で3つの様式に分かれる 音の数 少 多 シラブル ネウマ メリスマ 1音節=1音 2〜4音 5音以上
歌詞1音節に当てる音が増えるほど、シラブル→ネウマ→メリスマ様式になる

「メリスマ的」が使われる場面

「メリスマ的」という言葉は、クラシックの曲目解説や音楽史の本だけでなく、ポップスの歌唱を評するときにも使われます。たとえば「サビの最後をメリスマ的に崩して歌う」「メリスマティックな歌い回しが持ち味の歌手」のような言い方です。どちらの場合も意味は同じで、言葉を伝えることよりも、1つの母音の上で旋律を動かすことに重心を置いた歌い方を指しています。

なお、中世の多声音楽には「メリスマ的オルガヌム」という様式名もあります。こちらは歌い方ではなく作曲の形式を指す言葉で、詳しくは後半の「クラシック・宗教音楽のメリスマ」の章で説明します。

メリスマ唱法とは|歌唱での効果

メリスマ唱法とは、メリスマを使って歌う歌唱のやり方のことです。「唱法」は歌い方のスタイルを表す言葉なので、メリスマ唱法とメリスマはほぼ同じ意味で使われます。あえて区別するなら、メリスマは「1音節に複数の音を当てた部分そのもの」、メリスマ唱法は「その部分をどう歌うかという技術・歌い方」を指すと考えるとわかりやすいでしょう。

メリスマ唱法の3つの効果

メリスマ唱法の効果は、大きく分けて次の3つです。どれも、メロディーの骨格はそのままに、1つの母音の上で音を動かすことから生まれます。

  1. 感情の高まりを伝える:言葉が進まないまま音だけが動くため、「言葉にしきれない思い」があふれ出ているように聞こえます。バラードのサビ終わりや、曲のクライマックスで使われるのはこのためです。
  2. 余韻を作る:フレーズの語尾をすぐに切らず、音を連ねてから着地させることで、聴き手の耳に余韻が残ります。次のフレーズへのつなぎとしても機能します。
  3. 歌手の個性と技量を示す:どの音を通ってどこに着地するかは歌手によって違うため、同じ曲でも歌い手ごとの色が出ます。速く正確なメリスマは、音程感とコントロール力の高さを印象づけます。

メリスマが入りやすい場所

メリスマ唱法は、どこにでも入れればよいわけではありません。歌詞の意味を伝える部分で音を動かしすぎると言葉が聞き取れなくなるため、ポップスではフレーズの語尾・伸ばす音・サビ終わり・曲の最後に集中して使われるのが普通です。とくに「あ・え・お」のように口を開けて伸ばしやすい母音の上は、メリスマを入れても言葉が崩れにくい場所です。

メリスマはフレーズの語尾の伸ばす音に入れる あ い た い〜〜〜 言葉を伝える部分 =1音節1音 語尾の伸ばす音 =メリスマを入れる
言葉を伝える部分はシンプルに歌い、語尾の伸ばす音でメリスマを使う

メリスマ唱法を使うときの注意点

メリスマ唱法は印象に残りやすいぶん、使いすぎると「くどい」「メロディーがわからない」と感じさせてしまいます。原曲のメロディーを知っている人が多いカラオケでは、1曲のうち数か所に絞るくらいがちょうどよいバランスです。また、音を動かしている間に音程が不安定になると、技術を見せるどころか音程を外したように聞こえてしまいます。まずは短く・正確に歌えることを目標にし、長く派手なメリスマは基礎が固まってから取り入れましょう。

メリスマの歌い方・やり方とコツ

メリスマの歌い方は、「なんとなく音を揺らす」のではなく、通る音を決めて、1つずつ正確に踏んでいくのが基本です。上手な歌手のメリスマは速すぎて即興のように聞こえますが、実際には「どの音から出て、どの音を通り、どこに着地するか」がはっきりしています。ここでは、メリスマを作って歌うまでのやり方を3つの段階に分けて説明します。

やり方1:骨格の音と着地する音を決める

最初に、メリスマを入れたい言葉の「元のメロディーの音」と「最後に着地する音」を確認します。多くの場合、着地する音は次のフレーズにつながる音か、元のメロディーの最後の音です。ここを決めずに歌い始めると、音を動かしているうちに行き先を見失い、最後の音程がずれてしまいます。

やり方2:間を経過音でつなぐ

次に、出発の音と着地の音の間を、音階(スケール)に沿った経過音でつなぎます。初めは「ド→レ→ミ→レ→ド」のように隣り合った音を順番に通るだけで十分です。慣れてきたら、音を1つ飛ばしたり、いったん上に行ってから下りたりして形を変えていきます。使う音を曲のキーの音階から選ぶと、どんなに音を動かしても曲の響きから浮きません。

やり方3:母音を保ったまま着地させる

メリスマの間は、口の形と母音を変えずに歌います。「い」で始めたら最後まで「い」を保ち、途中で「いぇ」「ゆ」のように母音が崩れないようにします。音が変わるたびに息を押し出すと「ハッハッハ」と区切れた歌い方になるので、息は一定に流したまま、声帯の張り具合だけで音程を切り替える意識を持ちましょう。最後の着地の音は、少し長めに伸ばして落ち着かせると安定して聞こえます。

メリスマは出発・経過音・着地の3段階で作る 出発の音 経過音 着地の音 元のメロディー キーの音階から 少し長めに 母音と息の流れは最後まで変えない
行き先を決めてから経過音でつなぎ、母音を保ったまま着地させる

メリスマをきれいに歌うコツ

  • ゆっくり正確に→速く:最初から速く歌おうとせず、1音ずつ確かめられるテンポで歌えるようになってから速度を上げます。速さは正確さの後からついてきます。
  • 拍の中に収める:メリスマの音の数を拍に割り振り、リズムに乗せて歌います。拍から外れると、ただ崩しただけに聞こえます。リズムの感じ方は歌のリズム感も参考にしてください。
  • 喉を締めない:細かく音を動かそうとして喉に力が入ると、音が硬くなり高音で詰まります。軽い声(小さめの音量)で練習すると動きやすくなります。
  • 頭の中で先に鳴らす:歌う前に、通る音を頭の中で一度鳴らしておくと、音程が迷いにくくなります。

メリスマの練習方法|できないときのステップ

メリスマは生まれつきのセンスではなく、段階を踏めば誰でも少しずつ身につけられる技術です。いきなり好きな歌手のメリスマをまねしようとすると、速さと音の多さについていけず「自分にはできない」と感じてしまいがちです。ここでは、短い音型から曲の中で使うところまでを4つのステップに分けた練習方法を紹介します。1日10分程度でも、毎日続けるほうが効果的です。

ステップ1:3音の往復(ド・レ・ド)

ピアノアプリやキーボードで基準の音を出し、「ド・レ・ド」の3音を母音「あ」で歌います。1音ずつ区切らず、なめらかにつなげるのがポイントです。慣れたら「ド・レ・ミ・レ・ド」の5音に増やします。メトロノームを60程度の遅いテンポに設定し、1拍に1音から始めて、1拍に2音、1拍に4音と細かくしていきます。

ステップ2:5音スケールを上下する

R&Bやポップスのメリスマでよく使われるのが、ペンタトニック(5音音階)です。ド・レ・ミ・ソ・ラの5音を「あ」で上がって下りる練習をします。ペンタトニックは半音の動きが少ないため音程が取りやすく、どの音を通っても曲の響きになじみやすいのが利点です。音程に自信がない人は、チューナーアプリで各音が合っているか確かめながら進めましょう。音程の取り方は歌のピッチでも解説しています。

メリスマの練習は短い音型から曲へ4段階で進める 3音往復 5音階 耳コピ 曲で使う STEP2 STEP3 STEP4
3音の往復→5音階→耳コピ→曲の中で使う、の順に難度を上げる

ステップ3:好きな歌手のメリスマを耳コピする

音型に慣れたら、好きな曲の短いメリスマを1つ選び、耳でコピーします。再生速度を落とせるアプリで0.5〜0.75倍にして聴き、通っている音を1つずつ拾います。聴き取った音をピアノで確かめ、楽譜やメモに書き出すと、歌うときの迷いが減ります。最初は2〜3秒程度の短いものを選ぶのがコツです。

ステップ4:録音して曲の中で使う

最後に、練習したメリスマを実際の曲の語尾に入れて歌い、スマートフォンで録音して聴き直します。自分では正確に歌えているつもりでも、録音すると音が抜けていたり、着地の音程が下がっていたりすることがよくあります。録音→修正→再録音を繰り返すのが上達の近道です。

メリスマができない・難しいときの原因

  • 速すぎる:正確に歌えるテンポまで落とします。遅いテンポでできないものは、速くしてもできません。
  • 喉に力が入っている:音量を下げ、ハミングやリップロールで同じ音型をなぞってから母音に戻すと、力みが抜けやすくなります。
  • 音が聴き取れていない:歌う前にピアノで音型を弾き、耳で覚えてから歌います。
  • 息が続かない:メリスマの前でしっかり息を吸い、音を動かす間も息を一定に保ちます。

独学で伸び悩む場合は、ボイストレーニング教室で音程とリズムを客観的に見てもらうのも有効です。

メリスマとフェイク・こぶし・ビブラートの違い

メリスマは、フェイク・こぶし・ビブラートといった装飾的な歌唱テクニックと混同されやすい言葉です。どれも「メロディーに何かを加えて表情をつける」点は共通していますが、何を基準にした言葉なのかが違います。ここでは違いを1つずつ整理します。

メリスマとフェイクの違い

フェイクとは、原曲のメロディーを歌手が自由に崩したり、音を足したりして歌うことです。つまりフェイクは「原曲からどれだけ変えたか」という観点の言葉で、メリスマは「1音節にいくつの音を当てたか」という観点の言葉です。R&Bのフェイクの多くは1つの母音の上で音を連ねる形をとるため、実際にはメリスマの形をしたフェイクがよく聴かれます。一方で、リズムだけをずらすフェイクや、音の数を変えずに音程だけを変えるフェイクはメリスマではありません。反対に、作曲家が最初から楽譜に書いたメリスマは、原曲どおりなのでフェイクではありません。フェイクの種類や入れ方は歌のフェイクとはで詳しく解説しています。

メリスマとこぶしの違い

こぶしとは、音から音へ移るときなどに音程を一瞬だけ上下させて「節を回す」装飾で、演歌や民謡でよく聴かれます。こぶしとメリスマの違いは、動きの大きさと音の数です。こぶしは元の音のすぐ近くで短く揺れてすぐ戻る「小さな飾り」で、メリスマはいくつもの音階の音をはっきり通って移動する「旋律の連なり」です。ただし、こぶしを何回も続けて長く節を回すと、結果として1音節に多くの音が当たるため、メリスマ的な歌い方になります。こぶしの出し方は歌のこぶしとはを参考にしてください。

メリスマとビブラートの違い

ビブラートは、伸ばしている1つの音の音程を、一定の周期で細かく揺らし続けるテクニックです。揺れの中心となる音は1つのままで、別の音階の音へ移っていくわけではありません。これに対してメリスマは、ド・レ・ミのように別々の音を順番に歌い分ける点が違います。メリスマで着地した最後の音にビブラートをかける、というように2つを組み合わせて使うこともよくあります。ビブラートのかけ方はビブラートのやり方で解説しています。

メリスマ・こぶし・ビブラートの音程の動き方の違い メリスマ 別々の音を順に通る こぶし 移り目で一瞬だけ揺れる ビブラート 1つの音を周期的に揺らす
メリスマは複数の音を移動し、こぶしは移り目の一瞬の揺れ、ビブラートは1音の周期的な揺れ

違いのまとめ

テクニック何を基準にした言葉か音の動き
メリスマ1音節に当てる音の数複数の音を順に歌い分ける
フェイク原曲からの崩し方音・リズムを自由に変える(メリスマの形が多い)
こぶし音の移り目の装飾一瞬上下してすぐ戻る
ビブラート伸ばす音の揺れ1つの音を周期的に揺らす

メリスマが聴ける歌手・曲の例

メリスマは、実際に聴いてみるのがいちばんの理解の近道です。ここでは、メリスマ(メリスマ唱法)の例として名前が挙がることの多い海外と日本人の歌手、その代表曲を紹介します。どの歌手も、語尾やサビ終わり、ラストサビの盛り上がりで細かく音を連ねる歌い方が聴きどころです。同じ曲でも、音源とライブでメリスマの入れ方が変わることが多いので、ライブ映像と聴き比べるのもおすすめです。

海外の歌手とメリスマの例

現代のポップスでメリスマが広く知られるきっかけを作った歌手として、よく名前が挙がるのがマライア・キャリーです(検索ではマライアキャリーと表記されることもあります)。1990年のデビュー曲「Vision of Love」で聴かせた、音域の広い華やかなメリスマは、その後のR&B・ポップスの歌手に大きな影響を与えたといわれています。

歌手メリスマが聴ける曲の例聴きどころ
マライア・キャリーVision of Love高音域まで一気に駆け上がる華やかなメリスマ
ホイットニー・ヒューストンI Will Always Love Youゴスペル由来の力強い声で語尾を長く連ねる
スティーヴィー・ワンダーRibbon in the Sky柔らかい声で細かく音を動かすソウルの節回し

日本人の歌手とメリスマの例

日本人の歌手では、R&Bやゴスペル、ソウルの影響を受けた人たちの歌にメリスマがよく聴かれます。J-POPはもともと1音節1音の歌い方が中心ですが、1990年代以降はR&Bの広まりとともに、サビ終わりやフェイクの部分で音を連ねる歌い方も一般的になりました。

歌手メリスマが聴ける曲の例聴きどころ
MISIAEverything広い音域を生かしたバラードの語尾の節回し
久保田利伸LA・LA・LA LOVE SONGソウル・R&B仕込みの軽やかなフェイク
宇多田ヒカルAutomaticR&Bのリズムに乗せた短く細かいメリスマ

藤井風とメリスマ

近年「メリスマ」と一緒に名前が検索される日本人歌手の一人が藤井風です。藤井風は影響を受けたボーカリストとしてマライア・キャリーの名前を挙げ、そのフェイクやメリスマについて語った発言も紹介されています。ピアノの弾き語りを軸にしながら、R&Bやゴスペルを感じさせる節回しを自然に織り込むスタイルは、メリスマを「技術の見せ場」ではなく歌の流れの一部として使う好例といえるでしょう。

聴くときのポイント

  • メリスマがどの言葉・どの母音の上で起きているかを意識して聴く
  • 出発の音と着地の音を聴き取り、間の音型を口ずさんでみる
  • 再生速度を落として、1つずつの音が正確に鳴っているかを確かめる

クラシック・宗教音楽のメリスマ|グレゴリオ聖歌・オルガヌム・バッハ・メサイア

メリスマはR&Bのテクニックというイメージが強いかもしれませんが、歴史をさかのぼると、その源流は中世ヨーロッパの教会で歌われた宗教音楽にあります。クラシックの声楽では、メリスマは今も欠かせない表現の1つです。ここでは、時代を追ってクラシック・宗教音楽のメリスマを紹介します。

グレゴリオ聖歌とキリエ・アレルヤ

グレゴリオ聖歌は、カトリック教会の典礼で歌われてきた単旋律の聖歌です。歌詞はラテン語で、シラブル様式・ネウマ様式・メリスマ様式の3つの書き方が使い分けられています。とくにメリスマが多く見られるのが、「主よ、あわれみたまえ」と歌うキリエ(Kyrie)や、喜びを表すアレルヤ(Alleluia)です。アレルヤの最後の「ア」の母音を長い旋律で歌い延ばす部分は「ユビルス(歓喜の歌)」と呼ばれ、言葉では言い尽くせない喜びを表すものと考えられてきました。

メリスマの伝統は西ヨーロッパの教会だけのものではありません。東ローマ帝国の大聖堂だったアヤソフィア(ハギア・ソフィア)を中心に発展したビザンティン聖歌や、イスラム教のアザーン(礼拝への呼びかけ)など、宗教の歌には1つの音節を長い節回しで歌う例が広く見られます。

メリスマ的オルガヌムとは

オルガヌムとは、グレゴリオ聖歌の旋律に別の声部を重ねた、中世の初期の多声音楽です。はじめは聖歌と同じリズムで平行に声を重ねる様式でしたが、12世紀ごろになると、下の声部(テノール)が聖歌の1音を長く引き延ばし、その上で上の声部が長いメリスマを歌う様式が生まれました。これがメリスマ的オルガヌム(メリスマ・オルガヌム)です。12〜13世紀のパリ・ノートルダム大聖堂ではレオナンやペロタンといった作曲家がこの様式を発展させ、のちの多声音楽の基礎になりました。つまりオルガヌムの様式の中で、メリスマは声部を重ねるための重要な仕組みだったのです。

メリスマは宗教音楽からクラシック・R&Bへ受け継がれた 聖歌 中世 オルガヌム 12〜13世紀 バロック 17〜18世紀 R&B 20世紀〜 ゴスペルを経てポップスへ
グレゴリオ聖歌のメリスマがオルガヌム・バロックの声楽を経て、ゴスペルやR&Bへつながった

バッハ・ヘンデル『メサイア』のメリスマ

17〜18世紀のバロック時代になると、メリスマは言葉の意味を音で描く手段として盛んに使われました。ヘンデルのオラトリオ『メサイア』では、テノールのアリア「もろもろの谷は高くせられ(Every valley shall be exalted)」で「exalted(高められる)」という言葉に長いメリスマが当てられ、「高く引き上げられる」様子が音の動きで表現されています。合唱曲「ひとりのみどりごが私たちのために生まれた(For unto us a Child is born)」でも、「born」の言葉の上で合唱の各パートが次々に長いメリスマを歌います。

バッハも、カンタータや受難曲、ミサ曲などの宗教作品で多くのメリスマを書きました。こうした曲を合唱で歌うときは、パート全員が同じ音型を同じタイミングで正確にそろえる必要があるため、メリスマの部分は合唱練習の中でも難所として知られています。

声楽・コロラトゥーラとメリスマ

クラシックの声楽では、速く細かい音型を軽やかに歌いこなす技巧を「コロラトゥーラ」と呼びます。コロラトゥーラの多くは1つの母音の上で音を連ねるため、メリスマの一種といえます。代表例として知られるのが、モーツァルトの歌劇『魔笛』の「夜の女王のアリア」で、高音域の速い音型を1つの母音で歌い切る技巧が聴きどころです。声楽のメリスマは、ポップスのように即興で加えるのではなく、楽譜に書かれた音型を正確に、なめらかに歌うことが求められる点が特徴です。

日本の歌とメリスマ|民謡・日本語との相性

「メリスマは日本人には難しい」「日本の歌にはメリスマが少ない」と言われることがあります。これは声の出し方の問題というより、日本語という言葉の性質と深く関係しています。一方で、民謡や演歌のように、日本にも古くから1つの音節を長い節回しで歌う伝統があります。

日本語の歌にメリスマが少ない理由

日本語は「か」「な」のように、子音と母音がセットになった1文字(1拍)ずつ区切って発音する言葉です。J-POPのメロディーも、多くは1文字に1音を当てて作られます。そのため、1つのメロディーに乗る文字の数が多く、1つの音節を長く引き延ばす余地が英語に比べて少なくなります。

英語は「love」のように1音節の中に子音と母音がまとまっている単語が多く、1つの単語を長く伸ばして複数の音を当てても意味が崩れにくい言葉です。R&Bの歌手が1つの単語の上で長いメリスマを歌えるのは、この言葉の性質も関係しています。日本語で歌う場合は、語尾の母音や「ああ」「おお」といった感嘆の言葉、伸ばし記号で終わる言葉の上がメリスマを入れやすい場所になります。

日本語は1文字1音、英語は1語に多くの音を当てやすい 日本語 あ い し て 4音に4文字=音を足す余地が少ない 英語 love ────── 4音に1語=メリスマを入れやすい
日本語は1文字ごとに音を当てるため、1音節を長く伸ばすメリスマの余地が英語より少ない

民謡・演歌の節回しとメリスマ

日本の民謡には、少ない歌詞を長い節回しでゆっくり歌い上げる曲が数多くあります。たとえば北海道の「江差追分」は、短い歌詞の1つの音節を、こぶしを重ねながら長く引き延ばして歌う民謡として知られています。こうした節回しは、1つの音節に多くの音が当たるという意味で、メリスマ的な歌い方といえます。

ただし、民謡や演歌の節回しは、西洋音楽のメリスマのように音階の音をはっきり1つずつ通るというより、こぶしのように細かく音程を揺らしながら進むのが特徴です。同じ「1音節に多くの音」でも、R&Bのメリスマとは音の動き方や響きがかなり違います。日本人の耳には民謡のこぶしがなじみ深いため、R&Bのメリスマを練習するときは、揺らすのではなく音階の音を正確に踏む意識を持つと違いが出しやすくなります。

日本人がメリスマを練習するときのポイント

  • まずは「あ・お」など伸ばしやすい母音の語尾でメリスマを入れる
  • 英語の歌詞の曲で練習すると、1語に多くの音を当てる感覚をつかみやすい
  • こぶしのような揺れと区別し、1音ずつ音程を確定させてから次へ進む

楽譜・歌声合成でのメリスマ処理とAI

メリスマは歌うだけでなく、楽譜に書くときや、ボーカロイドなどの歌声合成ソフト・AIで歌わせるときにも「どう処理するか」が問題になります。1音節に複数の音を当てるというメリスマの仕組みを知っておくと、楽譜を読むときや打ち込みで歌を作るときに迷いません。

楽譜でのメリスマの書き方・読み方

歌の楽譜では、メリスマは次のように書かれます。楽譜を見て「この言葉はいくつの音で歌うのか」がわからないときは、この2つの記号を探してください。

  • スラー(弧線):1つの音節で歌う複数の音符を、弧を描く線でまとめます。
  • 延長線(エクステンダー):歌詞の音節のあとに横線を引き、その線が続く音符まで同じ母音で歌うことを示します。日本語の楽譜では「ー」の記号や、音符ごとに母音を書き添える形で示されることもあります。

8分音符や16分音符が続くメリスマでは、音符の旗をつなぐ連桁(れんこう)でまとめて書かれることもあります。合唱曲の楽譜では、パートごとに歌詞の割り当てが違うことも多いので、自分のパートの歌詞の位置と延長線を確かめてから練習すると、メリスマの部分で歌詞がずれるのを防げます。

楽譜ではスラーと延長線でメリスマを示す スラー あい て 延長線=同じ母音で歌う
1つの歌詞にかかるスラーと、歌詞のあとに続く延長線がメリスマの目印

ボーカロイド・歌声合成でのメリスマ処理

ボーカロイドなどの歌声合成ソフトでメリスマを打ち込むときは、1つの歌詞を複数の音符にまたがって歌わせる「メリスマ処理」が必要になります。多くのソフトでは、2つ目以降の音符の歌詞に「-」(ハイフン)を入力すると、直前の母音を引き継いで次の音へつなげられます。1つの音符に1文字ずつ「て・え・え」と入力する方法もありますが、音符ごとに発音が切り直されて不自然に聞こえることがあるため、なめらかにつなげたいときはハイフンでの処理が向いています。入力の細かな仕様はソフトごとに違うので、使っているソフトの公式マニュアルで確認してください。

AIとメリスマ

近年は、歌詞とスタイルを指定するだけで歌入りの曲を作れる音楽生成AIも登場しています。こうしたAIに「R&B」「ソウルフル」などのスタイルを指定すると、メリスマやフェイクを含む歌い回しが生成されることもあります。ただし、どこにどんなメリスマが入るかを細かく指定するのは難しく、狙いどおりの歌い回しにするには生成を繰り返して選ぶことになります。音楽生成AIの種類や使い方は音楽生成AI一覧で紹介しています。

なお、音楽用語とは別に、楽譜データから楽器の演奏音や歌声を合成するAI音源サービスにも「Melisma(メリスマ)」という名前のものがあります。ストリングス(弦楽器)の演奏を生成するデモなどで知られていますが、こちらはサービスの名前であり、歌唱技法のメリスマとは別のものです。対応する楽器や料金などの最新情報は公式サイトで確認してください。

よくある質問

メリスマとは簡単にいうと何ですか?
歌詞の1つの音節(母音)の上で、複数の音を連ねて歌う歌い方です。「て」の1文字を「ソ・ラ・ソ・ミ・レ」と5つの音で歌うようなイメージで、R&Bのバラードやグレゴリオ聖歌などでよく聴かれます。
メリスマとフェイクは同じものですか?
同じではありません。フェイクは原曲のメロディーを崩して歌うこと、メリスマは1音節に複数の音を当てることを指します。R&Bのフェイクの多くはメリスマの形をとるため重なる部分は大きいですが、楽譜に最初から書かれたメリスマはフェイクではありません。
メリスマは初心者でも練習できますか?
できます。「ド・レ・ド」の3音を遅いテンポでなめらかに歌うところから始め、5音の音階、好きな曲の耳コピへと段階を上げていけば、少しずつ速く正確に歌えるようになります。
メリスマを練習すると喉を痛めませんか?
喉に力を入れて速く動かそうとすると負担がかかります。小さめの音量で、喉を締めずに練習するのが基本です。練習後に痛みやかすれが続く場合は練習を中止し、長引くときは耳鼻咽喉科を受診してください。

まとめ

メリスマとは、歌詞の1つの音節に複数の音を当て、1つの母音の上で音を連ねて歌う技法です。この記事の要点を振り返ります。

  • 語源はギリシャ語の「歌・旋律」。英語でも melisma で、ポップスでは runs・riffs とも呼ばれる
  • 歌詞と音の割り当て方には、シラブル・ネウマ・メリスマの3つの様式がある
  • メリスマ唱法は感情の高まりや余韻を伝える効果があり、語尾やサビ終わりに入れるのが基本
  • 歌い方は「出発の音→経過音→着地の音」を決め、母音と息を保ったまま正確に歌う
  • 練習は3音の往復→5音階→耳コピ→曲で使う、の順に遅いテンポから進める
  • フェイクは原曲の崩し方、こぶしは移り目の一瞬の揺れ、ビブラートは1音の揺れで、メリスマとは基準が違う
  • グレゴリオ聖歌やオルガヌム、バッハ・ヘンデルの宗教曲から、ゴスペル・R&B・J-POPまで受け継がれてきた

メリスマは、音程・リズム・息のコントロールが揃ってはじめてきれいに聞こえる技術です。独学で「音程が合っているかわからない」「喉に力が入ってしまう」と感じたら、ボイストレーニング教室でプロの講師に見てもらうのが上達の近道です。SING YOUR HEARTの教室検索では、全国のボイトレ教室を都道府県・市区町村・駅から探せます。体験レッスンを活用して、自分に合った教室を見つけてみてください。