ヴォカリーズとは|意味・読み方・英語と音楽用語の定義

ヴォカリーズとは、歌詞を使わずに母音(または「ラ」などの音節)だけで旋律を歌う声楽曲、またはそのように書かれた歌唱練習曲のことです。「ヴォカリーズって何?」「どういう意味ですか?」と聞かれたら、「言葉のない歌」と答えるのがいちばん近い説明です。読み方は「ヴォカリーズ」または「ボカリーズ」で、楽譜や CD では両方の表記が使われます。

ヴォカリーズの意味と語源

ヴォカリーズの語源はフランス語の vocalise です。これは「母音で歌う」という意味の動詞 vocaliser から生まれた名詞で、さらにさかのぼるとラテン語で「声」を意味する vox にたどり着きます。英語でも同じ綴りの vocalise(アメリカでは vocalize と書くこともあります)が音楽用語として使われ、発音は「ヴォウカリーズ」に近い音になります。日本語に訳すなら「母音唱法」「母音による練習曲」あたりが意味としては近いものの、定着した訳語はなく、カタカナのまま使うのが一般的です。

音楽用語としての2つの使われ方

音楽用語としてのヴォカリーズには、大きく分けて2つの使われ方があります。

  • 歌唱の練習曲(教本): 声楽の学習者が、発声・音程・息のコントロールを身につけるために母音で歌う練習曲。19世紀のイタリアやフランスで多くの教本が作られ、コンコーネの50番などは現在も声楽のレッスンで使われています
  • 演奏会用の作品: 歌詞を持たないこと自体を表現として選んだ芸術作品。代表がラフマニノフの「ヴォカリーズ」で、ほかにフォーレ、ラヴェル、メシアンなどの作曲家も書いています

「ヴォカリーズ」と題名がついた曲を聴いて、練習曲なのか作品なのか迷ったら、作曲された目的で判断します。声楽の試験や教本のために書かれたものは練習曲、演奏会で聴かせるために書かれたものは作品です。ただし両者の境目はあいまいで、もとは練習曲として書かれたものが演奏会で歌われている例もたくさんあります。

無言歌・アリアとの違い

言葉のない音楽という点で似ている用語に「無言歌」があります。無言歌はメンデルスゾーンのピアノ曲集で知られる、歌のような旋律を楽器で弾く器楽曲のことで、人の声を使うとは限りません。一方のヴォカリーズは、あくまで人が声で歌う音楽です。また、オペラの「アリア」は登場人物の心情を歌う独唱曲で、基本的には歌詞を持っています。ヴォカリーズは声楽の一種でありながら言葉を持たない、少し特殊な位置づけの音楽だと覚えておくと整理しやすくなります。

声だけで旋律を歌う音楽には、ほかにもジャズのスキャットや、口を閉じて歌うハミングがあります。違いは後半の章で詳しく比べますが、ヴォカリーズの特徴は「書かれた旋律を、母音で、きれいな発声で歌う」点にあります。

声で旋律を歌う音楽は歌詞の有無と歌い方で分かれる 声で旋律を歌う音楽 歌 歌詞あり ヴォカリーズ 母音・譜面 スキャット 音節・即興 ハミング 口を閉じる 歌詞なしで、書かれた旋律を母音で歌う
声で旋律を歌う音楽のうち、歌詞を使わず母音で書かれた旋律を歌うものがヴォカリーズ。スキャットは即興の音節、ハミングは口を閉じて歌う

ラフマニノフのヴォカリーズ|作品34の14の正式名称と作曲の背景

「ヴォカリーズ」と検索する人の多くが探しているのは、ロシアの作曲家セルゲイ・ラフマニノフ(1873〜1943年)が書いた歌曲「ヴォカリーズ」です。ラフマニノフ作曲のヴォカリーズとは、ソプラノなどの高い声とピアノのために書かれた、歌詞のない約5〜7分の歌曲で、クラシックの中でも特に演奏・編曲の多い名曲の一つです。

正式名称と作品番号(Op.34 No.14)

ヴォカリーズは単独の曲として作られたのではなく、歌曲集「14のロマンス 作品34」の最後の曲、つまり第14曲にあたります。そのため正式名称は「14のロマンス 作品34 第14曲 ヴォカリーズ」、英語では「Vocalise, Op. 34, No. 14」と表記されます。楽譜や CD では「作品34の14」「Op.34-14」「ヴォカリーズ 34-14」などと略されることが多く、作曲家名を英語で Rachmaninoff(Rachmaninov と綴る場合もあります)と書き添えるのが一般的です。ロシア語の原題は「Вокализ(ヴォカリース)」です。

作曲の背景と初演

作品34の歌曲集のうち13曲は1912年に作曲され、ヴォカリーズは1915年に第14曲として加えられ、同じ年に出版されました(1912年に初稿があり、1915年に改訂したとする資料もあります)。曲は当時ロシアを代表するソプラノ歌手アントニーナ・ネジダーノワに献呈されています。ほかの13曲にはロシアの詩人の詩がついているのに、この曲にだけ歌詞がありません。ネジダーノワは歌詞がないことに戸惑ったものの、ラフマニノフは「声と解釈だけで、言葉以上のものが伝えられる」という趣旨で説得したと伝えられています。

初演は1916年、ネジダーノワの歌とラフマニノフ自身のピアノで行われました。ラフマニノフは作曲家であると同時に当代屈指のピアニストでもあり、ピアノ伴奏にも歌と同じくらい豊かな表情が書き込まれています。

作曲者自身による編曲と録音

ヴォカリーズは発表直後から人気を集め、作曲者のセルゲイ・ラフマニノフ自身が管弦楽版を2種類作っています。1916年にはソプラノと管弦楽の版が演奏され、1919年には歌の旋律をヴァイオリン群が受け持つ、声の入らない管弦楽版(ホ短調)が出版されました。1917年のロシア革命後、ラフマニノフは祖国を離れて主にアメリカで活動し、1929年にはフィラデルフィア管弦楽団を自ら指揮して、この管弦楽版を録音しています。作曲者本人の演奏を録音で聴ける点も、この曲の大きな魅力です。

このように、もとの原曲は「声とピアノ」の歌曲ですが、作曲者自身が楽器だけの版を作ったことで、「歌詞のない旋律を楽器で歌わせる」道が早くから開かれました。後の章で紹介するチェロやフルートなどの多彩な編曲は、この流れの上にあります。

ラフマニノフのヴォカリーズが生まれてから録音されるまで 1912 1915 1916 1919 1929 歌曲集 13曲 第14曲 として追加 初演 歌と管弦楽 声なしの 管弦楽版 自作 指揮で録音 歌曲として生まれ、作曲者自身が楽器の版も作った
1912年の歌曲集に1915年にヴォカリーズが加わり、1916年に初演、1919年に声なしの管弦楽版が出版、1929年に作曲者の指揮で録音された

曲の特徴と聴きどころ|何調・テンポ・長さ・曲想

ラフマニノフのヴォカリーズがどんな曲かをひとことで言えば、ゆっくりしたテンポの上で、息の長い旋律が途切れずに歌い継がれていく、哀愁に満ちた短調の曲です。「泣ける曲」として紹介されることが多く、クラシックの有名な名曲を集めた CD やコンサートの定番になっています。

何調で書かれている?原調とテンポ

ラフマニノフのヴォカリーズの原調は嬰ハ短調(シャープ4つの短調)です。原曲は高声用ですが、歌い手の声域や楽器に合わせて移調した楽譜が多数出版されていて、ホ短調やイ短調など、別の調の楽譜もよく見かけます。「ヴォカリーズは何調?」と調べたときに答えが資料によって違うのは、どの版の楽譜を見ているかが違うためです。自分が使う楽譜の調を確かめてから練習するようにしましょう。

テンポの指示は「Lentamente(ゆるやかに)」「molto cantabile(とても歌うように)」で、拍子は4分の4拍子です。演奏時間は演奏者や編曲によって差がありますが、およそ5〜7分が目安です。テンポをゆったり取る歌手の録音では6分を超えることも珍しくありません。

曲想と聴きどころ

ヴォカリーズの曲想の中心は、隣り合った音へ滑らかに進む旋律線です。大きな跳躍が少なく、ロシア正教会の聖歌を思わせる祈りのような雰囲気があると評されることもあります。聴くときは次の3つに注目すると、曲の流れがつかみやすくなります。

  1. 前半: 低めの音域で主題が静かに歌い出され、ピアノが和音で寄り添います。フレーズの終わりで息を継ぐたびに、少しずつ表情が深まっていきます
  2. 後半: 旋律の音域が上がり、ピアノの動きも厚くなって、曲の中でいちばん大きな盛り上がりを迎えます
  3. 終結部: 高まった感情が静まり、旋律がゆっくりと下りていきます。最後は長く保たれた音の上でピアノが余韻を作り、消え入るように終わります

歌詞がないぶん、聴き手はそれぞれの思い出や情景を旋律に重ねることができます。「言葉にできない悲しみ」「郷愁」など、人によって受け取るイメージが違うことも、この曲が長く愛されてきた理由の一つでしょう。

ヴォカリーズは静かに始まり後半で高まり静かに終わる 前半 後半 終結部 主題を静かに 音域が上がり最高潮
前半は低めの音域で主題が静かに歌われ、後半で音域が上がって最高潮を迎え、終結部でゆっくり下りて消えるように終わる

歌詞はある?ヴォカリーズの歌い方と声種に合った楽譜

ラフマニノフのヴォカリーズに歌詞はありません。原曲の楽譜には、歌い手が選んだ1つの母音で全体を歌うという前提で旋律だけが書かれています。この章では、声楽としてヴォカリーズを歌うときの母音の選び方・歌い方のコツ・声種に合った楽譜の選び方をまとめます。

歌詞・日本語詞・英語詞について

「ラフマニノフ ヴォカリーズ 歌詞」と検索されることが多いのは、歌っている音が言葉のように聞こえるためでしょう。しかし作曲者のセルゲイ・ラフマニノフが意図して歌詞をつけなかった曲なので、作曲者による公式の日本語の歌詞や英語の歌詞は存在しません。録音で言葉のように聞こえるのは、歌手が母音の響きを少しずつ変えて表情をつけているためです。合唱などの編曲で独自に言葉をあてた例に出会うこともありますが、それは編曲者による後付けで、原曲の姿ではありません。

母音の選び方と発音

録音でいちばん多いのは「ア(a)」で歌う方法です。口の中が広く開き、響きを保ちやすいためです。ただし高音で「ア」が平たく硬くなる人は、「オ」寄りの丸いアに変えたり、音域によって「ウ」寄りに寄せたりしても構いません。大切なのは次の3点です。

  • 母音の響きをそろえる: 音が変わるたびに口の形が変わると、旋律がぶつ切れに聞こえます。口の中の空間を一定に保ち、同じ母音の色で歌い続けます
  • 子音で区切らない: 音が変わるところで「ハ」「ア」と息や喉で区切らず、レガートで次の音へ移ります。レガートのコツは歌のレガートの記事で詳しく解説しています
  • 長いフレーズを支える息: 1フレーズが長い曲なので、ブレスの位置を楽譜に書き込み、最後まで音量と音程を保てる息の配分を練習します。息を長く保つ練習はロングトーンが土台になります

ソプラノ・メゾソプラノ・アルト別の楽譜の選び方

原曲は高声用で、原調の嬰ハ短調はソプラノやテノール向けです。メゾソプラノやバリトンの人は中声用、アルトやバスの人は低声用に移調された楽譜を選ぶと、無理なく歌えます。声楽の曲集や楽譜配信では「高声用」「中声用」「低声用」のように声種別の版が用意されていることが多いので、購入前に調と最高音を確認しましょう。自分の声域がわからない場合は、まず地声・裏声で出せる一番低い音と高い音を確かめておくと選びやすくなります。

オペラ歌手や声楽家がリサイタルで歌う定番曲ですが、ポップスの歌手が歌うこともあります。カラオケで歌いたい場合、ヴォカリーズが配信曲として入っているかは機種や時期によって違うため、各カラオケサービスの検索で確認してください。入っていない場合は、ピアノ伴奏の音源に合わせて練習する方法が現実的です。

声種に合わせて高声用・中声用・低声用の楽譜を選ぶ 高声用 中声用 低声用 ソプラノ テノール メゾソプラノ バリトン アルト バス 原調 下げて移調 さらに下げる 購入前に楽譜の調と最高音を確認する
原調(嬰ハ短調)はソプラノ・テノール向けの高声用。メゾソプラノ・バリトンは中声用、アルト・バスは低声用に移調した楽譜を選ぶ

ヴォカリーズの楽譜|無料のIMSLP・楽譜配信・全音ピアノピースと版権

ヴォカリーズの楽譜は、無料で手に入る原曲の楽譜と、有料の出版譜・配信楽譜の2系統から選べます。歌で使うのか、ピアノや楽器で弾くのか、どの編曲で演奏したいのかによって最適な入手先が変わります。

無料の楽譜ならIMSLP

ラフマニノフのヴォカリーズの楽譜を無料で探すなら、著作権の保護期間が終わった楽譜を集めたサイトIMSLP(国際楽譜ライブラリープロジェクト)が定番です。「14 Romances, Op.34 (Rachmaninoff, Sergei)」のページに、声とピアノの原曲の譜面がPDFで公開されているほか、ピアノ連弾用やチェロ用などの編曲版が掲載されていることもあります。英語のサイトですが、作品ページからファイルを選んでダウンロードするだけなので、使い方はそれほど難しくありません。

ただし IMSLP の楽譜は古い出版譜をスキャンしたものが多く、印刷が薄い・指使いがないなど、初めて弾く人には読みにくいこともあります。ピアノ楽譜を無料で済ませたい場合も、まずは IMSLP で原曲を確認し、難しければ次に紹介する出版譜を検討するとよいでしょう。

有料の楽譜配信と出版譜

  • 楽譜配信サービス: 「ぷりんと楽譜」などの配信サービスでは、ピアノソロの初級〜上級アレンジ、フルートやサックスとピアノ伴奏のセットなど、ヴォカリーズの楽譜を1曲単位で購入・印刷できます。難易度別にアレンジが分かれているので、自分のレベルに合った譜面を選びやすいのが利点です
  • 全音ピアノピース: 全音楽譜出版社の「全音ピアノピース」には、PP-521「ヴォカリーズ Op.34 No.14」(平井丈二郎 編)があります。難易度は E(上級)に分類されています
  • 声楽曲集・楽器別の曲集: 声楽用はラフマニノフの歌曲集やロシア歌曲のアンソロジーに、楽器用は各楽器の名曲集に収録されていることが多くあります

ヴォカリーズの著作権(版権)は切れている?

作曲者のラフマニノフは1943年に亡くなっており、原曲の著作権の保護期間は、日本を含む多くの国ですでに終わっているとされています(日本では戦時加算を含めて2004年に満了したと計算されます)。そのため、原曲を演奏したり、原曲の楽譜をコピーして使ったりすることは基本的に自由です。

注意したいのは、編曲版には編曲者の権利が別にある点です。コチシュ編などのピアノ編曲や、最近出版された楽器用アレンジの楽譜をコピーして配ったり、演奏動画で使ったりする場合は、編曲者や出版社の権利を確認する必要があります。また、原曲の出版譜でも校訂者の注釈や運指が加わっている版があるため、合唱団などで大量にコピーする前に扱いを確認しておくと安心です。

ヴォカリーズの楽譜は目的に合わせて3つの経路から選ぶ 楽譜の入手先 IMSLP 無料・原曲 古い版のPDF 楽譜配信 1曲単位 難易度別アレンジ 出版譜 ピース・曲集 校訂・運指つき
無料で原曲を見るなら IMSLP、自分のレベルに合うアレンジを1曲だけ買うなら楽譜配信、校訂や運指のある楽譜なら出版譜を選ぶ

ピアノで弾くヴォカリーズ|ソロ編曲・伴奏・連弾と難易度

ヴォカリーズはピアノでもよく演奏される曲です。原曲のピアノ伴奏を弾く、旋律も含めたピアノソロ編曲を弾く、連弾やアンサンブルで弾くの3つの楽しみ方があり、どれを選ぶかで楽譜と難易度が大きく変わります。

ピアノソロ編曲の種類(コチシュ・リチャードソン・ワイルド・平井)

ラフマニノフのヴォカリーズには、有名なピアノ独奏用の編曲がいくつもあります。演奏会や録音でよく使われるのは次の4つです。

編曲特徴難易度の目安
アラン・リチャードソン編原曲の旋律と和声にほぼ忠実。キーシンやギレリスが録音している中上級〜上級
平井丈二郎編(全音ピアノピース PP-521)日本で入手しやすい出版譜上級(ピースの難易度 E)
アール・ワイルド編曲の途中から華やかな装飾が加わる上級
ゾルターン・コチシュ編内声が厚く、旋律を歌わせながら多くの声部を弾き分ける。ユジャ・ワンがアンコールでも弾く上級(難しい)

特にコチシュ編は、ハンガリーのピアニストで指揮者のゾルターン・コチシュによる編曲で、「ピアノで弾くヴォカリーズ」の代名詞のように扱われています。楽譜は主に輸入楽譜として流通しているので、楽器店や輸入楽譜の通販で探します。コチシュ編の難易度は高く、旋律・伴奏・内声を一人で弾き分けながら、ゆっくりしたテンポの中で歌うような音色を保つ必要があります。ピアノで弾くと難しいと言われるのは、速いパッセージよりも音の重なりの中で旋律だけを浮かび上がらせる技術が求められるためです。

ソロ編曲に挑戦したいけれど上級編曲はまだ難しいという人は、楽譜配信サービスで初級・中級向けに簡単にしたピアノ楽譜を探すのがおすすめです。YouTubeには簡単アレンジの演奏動画も多く公開されているので、弾く前に仕上がりのイメージをつかむのに役立ちます。

ピアノ伴奏を弾くときのポイント

歌や楽器の伴奏としてラフマニノフの原曲のピアノ伴奏を弾く場合、難易度は中級程度で、音の数そのものはソロ編曲ほど多くありません。ただし、ソリストの息継ぎやテンポの揺れに寄り添いながら、和音の移り変わりで旋律を支える感覚が必要です。伴奏の右手は旋律と対話するような動きが多いので、ソロの旋律を歌いながら練習すると、どこで前に出てどこで控えるかがわかりやすくなります。

連弾・ピアノトリオ・エレクトーン

ピアノ連弾用の編曲は、IMSLP に古い連弾譜が公開されているほか、楽譜配信サービスでも連弾の楽譜が見つかります。旋律と伴奏を2人で分担できるので、ソロ編曲より一人あたりの負担が軽く、発表会の曲としても人気です。ほかに、楽譜配信サービスなどではヴァイオリン・チェロ・ピアノによるピアノトリオ版や、エレクトーン用のアレンジが見つかることもあります。エレクトーンでは弦楽器や声の音色を使って旋律を歌わせられるので、原曲の雰囲気を一人で再現しやすいのが魅力です。

ピアノで弾くヴォカリーズの難易度の目安 簡単編曲 伴奏・連弾 原曲に忠実 コチシュ編 初級 中級 中上級 上級
初級向けの簡単編曲、中級の伴奏・連弾、原曲に忠実なソロ編曲(リチャードソン編など)、上級のコチシュ編・ワイルド編の順に難しくなる

弦楽器のヴォカリーズ|チェロ・ヴァイオリン・ヴィオラ・コントラバスの楽譜と難易度

歌詞のないヴォカリーズの旋律は、弓で音を長く伸ばせる弦楽器ととても相性がよく、楽器で演奏されるヴォカリーズの中でも特にチェロとヴァイオリンの人気が高い曲です。この章では弦楽器ごとの特徴と、楽譜・難易度の目安をまとめます。

チェロ|人の声にいちばん近いと言われる音色

チェロで弾くラフマニノフのヴォカリーズは、数ある編曲の中でも定番中の定番です。チェロは音域が成人の声に近く、深く温かい音色で旋律を歌わせられるため、「人の声にいちばん近い楽器」と言われることがあります。ヨーヨー・マやミッシャ・マイスキー、宮田大など、多くのチェリストが録音しています。

チェロの楽譜は、楽器別の名曲集やピース、楽譜配信サービスで入手できます。IMSLP にもチェロとピアノ用の古い編曲が掲載されていることがあり、チェロ用の楽譜を無料で確認したいときはまずそこを探すとよいでしょう。チェロでの難易度は中上級が目安です。音符自体はゆっくりですが、高いポジションへの移動、長い音を一弓で弾き切るボウイング、ビブラートで音色を保つ技術が求められます。

ヴァイオリン|ハイフェッツの編曲が有名

ヴァイオリンでは、20世紀を代表するヴァイオリニストのヤッシャ・ハイフェッツによる編曲が有名で、ハイフェッツ自身の録音も残っています。日本のヴァイオリニストでは諏訪内晶子や宮本笑里も録音しています。ヴァイオリン(バイオリン)の楽譜は、ハイフェッツ編を含む曲集や、楽譜配信のピアノ伴奏つきアレンジで入手できます。

ヴァイオリンでの難易度は、アレンジによって中級から上級まで幅があります。ハイフェッツ編は重音やポジション移動が多く上級向けです。発表会などで弾くなら、原曲の旋律をそのまま移した中級向けのアレンジから始めると取り組みやすくなります。

ヴィオラ・コントラバス・弦楽四重奏

ヴィオラ(ビオラ)はヴァイオリンより少し低く、くすんだ中音域の響きが特徴で、ヴォカリーズの哀愁を強調するのに向いています。コントラバスでは、高い音域を使う独奏曲として編曲されることがあり、コントラバス用の楽譜は専門の出版社や楽譜配信で探すことになります。4本の弦楽器で演奏する弦楽四重奏(弦楽4重奏)版も、旋律を楽器間で受け渡すアレンジが楽しめる編成です。

ギター・マンドリン・ハープ・二胡

弓を使わない弦楽器でもヴォカリーズは演奏されます。ギターやハープは和音と旋律を一人で弾けるため、ソロ編曲が作りやすい楽器です。マンドリンはトレモロ奏法で音を長く保ち、二胡は人の声のような揺らぎのある音色で、それぞれ原曲とは違う味わいを出せます。どの楽器でも、まず原曲の旋律の音域が自分の楽器の得意な音域に収まるかを確かめ、必要なら移調した楽譜を選びましょう。

弦楽器ごとのヴォカリーズの向き・不向き チェロ バイオリン ヴィオラ コントラバス 声に近い 定番 華やか 編曲が豊富 くすんだ 中音域 高音域で 独奏 中上級 中級〜上級 中上級 上級 下段は難易度の目安(アレンジで変わる)
チェロは声に近い音色の定番、ヴァイオリンは編曲が豊富、ヴィオラは中音域の哀愁、コントラバスは高音域を使う独奏曲として演奏される

管楽器のヴォカリーズ|フルート・サックス・クラリネット・金管・吹奏楽

息で音を出す管楽器は、歌と同じように「息の流れで旋律をつなぐ」楽器です。そのためヴォカリーズは管楽器の独奏曲・アンサンブル曲としても定番で、発表会やソロコンテストでもよく取り上げられます。

フルート・オーボエ・クラリネット

フルートで吹くラフマニノフのヴォカリーズは、澄んだ音色で旋律が際立つ人気のアレンジです。フルート楽譜はピアノ伴奏つきのピースや名曲集、楽譜配信で多数出ていて、難易度は中級程度が目安です。速い指回しはほとんどありませんが、低音域から高音域まで音色をそろえること、長いフレーズを途切れさせないブレスの配分が課題になります。

オーボエは哀愁のある音色がこの曲の雰囲気によく合い、クラリネットは柔らかく深い音色で歌うように吹けます。クラリネットの楽譜は B♭管用に移調されたものを選ぶ必要があります。

サックス(アルト・テナー・ソプラノ・バリトン)

サックスでもヴォカリーズは人気曲です。日本を代表するサクソフォン奏者の須川展也は、自身の編曲による録音を CD に収め、その楽譜も全音楽譜出版社から出版されています。サックスの楽譜を選ぶときは、アルトサックスとバリトンサックス(バリサク)は E♭管、ソプラノサックスとテナーサックスは B♭管なので、自分の楽器の管に合った楽譜を選ぶことが大切です。ビブラートやサブトーンで音色を変えられるサックスは、原曲の「歌」のニュアンスを表現しやすい楽器です。

トランペット・トロンボーン・ホルン・ユーフォニアム・チューバ

金管楽器では、トランペット・トロンボーン・ホルン・ユーフォニアム・チューバのいずれにもヴォカリーズの編曲があります。特にトロンボーン奏者にとって「ヴォカリーズ」は身近な言葉で、19世紀の声楽教師マルコ・ボルドーニの声楽用ヴォカリーズを、ヨハネス・ロッシュがトロンボーン用に編曲した教本「メロディアス・エチュード」が、レガート奏法の定番教材として使われています。

金管楽器でヴォカリーズを吹くときは、マウスピースに当てる唇の振動を途切れさせずに音を移る滑らかさが鍵になります。トランペットの楽譜は B♭管、ホルンは F管の楽譜が一般的です。

リコーダー・オカリナ・吹奏楽

リコーダーやオカリナでも、簡単に編曲したヴォカリーズを楽しめます。リコーダーはアルトリコーダーを使うと落ち着いた音色になり、オカリナは素朴な響きが曲の郷愁を引き立てます。吹奏楽版は、合奏の中で旋律を木管から金管へ受け渡すアレンジが多く、演奏会の緩やかな曲として取り上げられることがあります。

管楽器は楽器の管に合った調の楽譜を選ぶ C(実音) B♭管 E♭管 F管 フルート オーボエ トロンボーン リコーダー クラリネット トランペット テナー サックス アルト サックス バリトン サックス ホルン 同じ曲でも楽器の管で楽譜の調が変わる
フルート・オーボエ・トロンボーン・リコーダーは実音(C)の楽譜、クラリネット・トランペット・テナーサックスは B♭管、アルト・バリトンサックスは E♭管、ホルンは F管の楽譜を使う

管弦楽版と合唱版のヴォカリーズ|オーケストラの編成と聴き比べ

ヴォカリーズは声とピアノの歌曲として生まれましたが、今日よく耳にするのはオーケストラ(管弦楽)で演奏される版かもしれません。交響曲の CD の余白に収録されたり、演奏会のアンコールで演奏されたりする機会が多いためです。

作曲者自身による2つの管弦楽版

ラフマニノフ自身が作った管弦楽版には、性格の違う2種類があります。

  • 歌と管弦楽の版: ソプラノの独唱をそのまま残し、ピアノ伴奏をオーケストラに置き換えた版。1916年に演奏されました
  • 声の入らない管弦楽版: 歌の旋律をヴァイオリン群が受け持つ版で、ホ短調に移されています。1919年に出版され、1929年に作曲者の指揮で録音されました

後者の声の入らない版では、旋律を弦楽器がたっぷりとした響きで歌い、管楽器が合いの手や和声の色を添えます。歌手1人の歌う旋律がオーケストラ全体の響きに包まれることで、原曲とはまた違う大きな広がりが生まれます。楽器の編成(どの楽器が何本使われるか)は版によって違うので、演奏するときは使う楽譜の編成表を確認してください。

歌入りの管弦楽版を聴く

ソプラノとオーケストラの組み合わせは、ピアノ伴奏版よりも柔らかく厚い響きの中で声が浮かび上がるのが魅力です。後の章で紹介するアンナ・モッフォとストコフスキー指揮による録音は、この編成の名盤として知られています。同じ歌手がピアノ伴奏とオーケストラ伴奏の両方で録音している場合は、聴き比べると伴奏の違いで旋律の印象がどう変わるかがよくわかります。

合唱・コーラス版

歌詞がないヴォカリーズは、言語の壁がないため合唱でも取り上げやすい曲です。女声三部合唱や混声合唱の編曲が出版されていて、合唱団の演奏会や発表会で歌われています。合唱では、パートごとに母音の響きをそろえること、ブレスの位置をずらして(カンニングブレス)旋律を途切れさせないことが仕上がりを左右します。コーラスの練習の中でヴォカリーズに取り組むと、言葉に頼らず響きだけで音楽を作る感覚が身につきます。

作曲者自身による2つの管弦楽版の違い 歌と管弦楽 声なしの管弦楽 旋律: ソプラノ 伴奏: オーケストラ 1916年に演奏 旋律: ヴァイオリン群 ホ短調に移調 1919年に出版 どちらも作曲者ラフマニノフ自身の編曲
1916年の版はソプラノの独唱を残して伴奏をオーケストラにした版、1919年の版は旋律をヴァイオリン群が受け持つ声なしの版

ヴォカリーズの名盤・名演奏|歌手・演奏家の一覧

ラフマニノフのヴォカリーズは録音の数が非常に多く、CD や配信、YouTube で多くの歌手・演奏家による演奏を聴き比べられます。ここでは歌・楽器・管弦楽の3つに分けて、名盤としてよく挙がる演奏を一覧にしました。どれから聴くか迷ったら、まず歌の録音を1つ、次に好きな楽器の録音を1つ聴くと、同じ旋律でも印象が大きく変わることがわかります。

歌(ソプラノ・歌手)の名盤

歌手聴きどころ・収録
アンナ・モッフォ(ソプラノ)ストコフスキー指揮アメリカ交響楽団との管弦楽伴奏版。ヴィラ=ロボス「ブラジル風バッハ第5番」などと同じアルバムに収録された名盤
キャスリーン・バトル(ソプラノ)カーネギー・ホールでのリサイタル録音。透明感のある高音
キリ・テ・カナワ(ソプラノ)ピアノ伴奏による録音があり、ガラ・コンサートでも歌っている
ナタリー・デセイ(ソプラノ)歌詞のない歌ばかりを集めたアルバム「Vocalises」に収録
エリーザベト・セーデルストレーム(ソプラノ)ウラディーミル・アシュケナージのピアノによるラフマニノフ歌曲全集の中の1曲
幸田浩子(ソプラノ)日本のソプラノ歌手。新イタリア合奏団との録音
田中彩子(ソプラノ)超高音で知られるソプラノ。アルバム「ヴォカリーズ」(2019年)に収録
本田美奈子クラシックに挑んだアルバム「AVE MARIA」(2003年)に収録
スラヴァ(ヴャチェスラフ・カガン=パレイ)アルバム「Vocalise」(1996年)の表題曲

楽器の名盤

演奏家楽器・聴きどころ
ヨーヨー・マチェロ。ボビー・マクファーリンとの共演アルバム「Hush」に収録
ミッシャ・マイスキーチェロ。ロシアの歌曲を集めたアルバム「Vocalise」の表題曲
宮田大チェロ。日本を代表するチェリストの一人で、アルバムや映像で聴ける
諏訪内晶子ヴァイオリン。ベスト盤「CRYSTAL」に収録
宮本笑里ヴァイオリン。初期のアルバムと「classique」(2018年)で録音
須川展也サックス。自身の編曲による録音
ユジャ・ワンピアノ。コチシュ編を録音し、アンコールでも演奏
辻井伸行ピアノ。ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番やチャイコフスキー作品と組み合わせたアルバムに収録
阪田知樹ピアノ。自身の編曲による演奏で、編曲楽譜も出版されている
松本和将ピアノ。演奏会でコチシュ編を弾いた映像が公開されている

管弦楽版の名盤

指揮者・楽団聴きどころ
ラフマニノフ指揮 フィラデルフィア管弦楽団作曲者自身の指揮による1929年の録音。歴史的録音として一度は聴きたい
アンドレ・プレヴィン指揮 ロンドン交響楽団交響曲第2番と組み合わせた定番盤
レナード・スラットキン指揮 セントルイス交響楽団同じく交響曲第2番と組み合わせた録音
ネヴィル・マリナー指揮 アカデミー室内管弦楽団室内オーケストラによる引き締まった響き

録音の収録アルバムや発売状況は変わることがあるため、CD や配信で探すときは演奏者名と「ヴォカリーズ」「Vocalise」で検索して確認してください。ユーチューブ(YouTube)では、公式チャンネルが公開している演奏動画で気軽に聴き比べができます。

映画・ラジオ・アニメ・香水|身近なところで出会う「ヴォカリーズ」

クラシックに詳しくなくても、どこかでヴォカリーズの旋律を耳にしたことがある人は多いはずです。ラフマニノフのヴォカリーズは放送や映像作品で使われてきたほか、「ヴォカリーズ」という言葉自体も香水の名前やアニメの音楽の説明などに登場します。ここでは、音楽ファン以外の人が「ヴォカリーズ」に出会う代表的な場面を紹介します。

ラジオ番組「夜の停車駅」のテーマ曲

年配の方にとって、ヴォカリーズといえば NHK-FM の番組「夜の停車駅」を思い出す人もいるでしょう。1980年から1985年まで放送された、俳優の江守徹による朗読番組で、ラフマニノフのヴォカリーズがオープニングとエンディングのテーマ曲として使われていました。深夜の静けさに合う旋律として、この番組で曲を知ったという声は今も聞かれます。また NHK の「名曲アルバム」でも取り上げられています。

映画・ドラマ・CMでの使用

ヴォカリーズは、映画音楽やドラマ、CM の BGM として使われることもある曲です。たとえばラフマニノフの半生を描いたロシア映画「ラフマニノフ ある愛の調べ」(2007年)のサウンドトラックにも収録されています。ただし、どの作品のどの場面で使われたかについては、ネット上に不確かな情報も多く見られます。特定の映画・ドラマ・CM での使用を確かめたい場合は、作品の公式サイトやサウンドトラックの収録曲、エンドクレジットの使用楽曲で確認するのが確実です。

アニメ「宇宙戦艦ヤマト」のスキャット

アニメの音楽で「ヴォカリーズ」と関連づけて語られることがあるのが、テレビアニメ「宇宙戦艦ヤマト」の「無限に広がる大宇宙」です。作曲家・宮川泰の音楽に乗せて、歌手の川島和子が歌詞のない「アー」という声で旋律を歌っています。日本では一般に「スキャット」と呼ばれていますが、書かれた旋律を母音で美しく歌うという点では、声楽のヴォカリーズに近い歌唱です。このように、言葉のない歌唱は宇宙や郷愁といった言葉にしにくい情景を描く手段として、映像音楽で多く使われてきました。

資生堂の香水「ヴォカリーズ」

音楽とは別に、「ヴォカリーズ」は資生堂の香水の名前としても知られています。1990年代後半に発売されたフレグランスで、調香はジャック・キャヴァリエとされ、ピーチやネロリ、ブラックカラントのトップから、柚子やヒノキ、ジャスミン、ローズのミドル、サンダルウッドやムスク、バニラのラストへと移り変わる香りと紹介されています。現在は販売が終了しているとされ、手に入るのは主に中古品です。

「資生堂のヴォカリーズに似た香りの香水を探したい」という場合は、上に挙げたような香りの構成(フルーツと柑橘、和の木の香り、甘いラスト)を手がかりに、店頭で試香しながら探すのが確実です。香りの感じ方には個人差が大きいため、ネットの「似ている」という評判だけで購入しないようにしましょう。

ラフマニノフ以外のヴォカリーズ|フォーレ・ラヴェル・メシアン・グリエールと歌唱練習曲

ヴォカリーズはラフマニノフだけのものではありません。ラフマニノフ以外にも、多くの作曲家が「言葉のない歌」を書いています。ここでは、クラシックの声楽で歌われる代表的な作品と、声楽の学習で使われる練習曲としてのヴォカリーズを紹介します。

フォーレとラヴェルの「ヴォカリーズ=エチュード」

1907年、パリ音楽院の声楽教授が、当時の作曲家たちに声楽の試験・学習用の新しいヴォカリーズを依頼し、「ヴォカリーズ=エチュード」と題した曲集としてまとめました。この曲集の最初の作品がフォーレのヴォカリーズ=エチュード(ホ短調)で、フォーレらしい流れるような旋律を母音で歌う練習曲です。

同じ曲集にはラヴェルの「ハバネラ形式のヴォカリーズ=エチュード」も含まれています。1907年に書かれた低い声のための曲で、スペインの舞曲ハバネラ特有のリズムの上で、装飾的な旋律を母音で歌います。エチュード(練習曲)と名がついていますが、演奏会でも歌われるだけでなく、さまざまな楽器用にも編曲されて親しまれています。

メシアン・グリエール・ヴィラ=ロボス

  • メシアン「ヴォカリーズ=エチュード」(1935年): ソプラノとピアノのための作品で、メシアン独特の和声の上で母音の旋律が漂います
  • グリエール「コロラトゥーラ・ソプラノのための協奏曲」(1943年): 歌詞のない独唱とオーケストラによる2楽章の協奏曲。声を楽器のように扱い、華やかな高音と装飾を聴かせます
  • ヴィラ=ロボス「ブラジル風バッハ第5番」のアリア: ソプラノと8本のチェロのための曲。冒頭と最後の部分は歌詞のない母音で歌われ、中間部にはポルトガル語の歌詞がつきます

これらはオペラのアリアのような劇的な歌ではなく、声そのものの美しさを聴かせるための作品です。声楽を学ぶ人が、ラフマニノフの次に取り組むレパートリーとしてもよく選ばれます。

声楽の練習曲としてのヴォカリーズ(コンコーネ・パノフカ・ボルドーニ)

作品としてのヴォカリーズとは別に、声楽の基礎を身につけるための練習曲集もヴォカリーズと呼ばれます。日本の声楽教育で特に有名なのがコンコーネの50番(作品9)で、歌詞をつけずに母音や階名で歌い、音程・レガート・息の流れを身につけます。ほかにパノフカの教本なども定番です。前の章で触れたボルドーニのヴォカリーズも、もとはこうした声楽の練習曲でした。なお、同じく定番教本のヴァッカイ「実用歌唱法」はイタリア語の詩に曲をつけたもので、歌詞がある点がヴォカリーズの教本とは異なります。

ラフマニノフ前後に書かれた主なヴォカリーズ作品 1907 1915 1935 1943 フォーレ ラヴェル ラフマニノフ メシアン グリエール 協奏曲 練習曲集 練習曲 歌曲
1907年のフォーレ・ラヴェルの練習曲集、1915年のラフマニノフ、1935年のメシアン、1943年のグリエールの協奏曲と、20世紀前半に多くのヴォカリーズが書かれた

ヴォカリーズとスキャット・ハミング・ジャズのヴォーカリーズの違い

歌詞を使わずに声で旋律を歌う方法は、ヴォカリーズのほかにもいくつかあります。名前が似ていたり、同じ場面で使われたりするので混同されがちですが、「何の音で歌うか」と「旋律が決まっているか」の2点で整理すると違いがはっきりします。

スキャットとの違い

スキャットは主にジャズで使われる歌唱法で、「ドゥビドゥバ」「シュビドゥビ」のような意味のない音節を使い、その場で旋律を即興しながら歌います。子音を多く使ってリズムを刻み、楽器のアドリブソロのように自由に展開するのが特徴です。一方のヴォカリーズは、作曲家が書いた旋律を母音中心の滑らかな声で歌います。同じ「歌詞がない歌」でも、スキャットはリズムと即興、ヴォカリーズは旋律線と響きを聴かせる音楽です。スキャットの種類や歌い方はスキャットとはの記事で詳しく解説しています。

ハミングとの違い

ハミングは口を閉じて「ンー」と鼻に響かせて歌う方法です。鼻歌のように気軽に使われるほか、ボイストレーニングでは響きの位置を感じる練習として使われます。ヴォカリーズは口を開けて母音で歌うので、音量も響きの広がりもハミングより大きくなります。発声練習では、まずハミングで響きの位置を確かめ、その響きを保ったまま口を開いて母音のヴォカリーズに移ると、響きを失わずに歌いやすくなります。ハミングの効果と練習方法はハミングとはの記事にまとめています。

ジャズの「ヴォーカリーズ(vocalese)」との違い

ジャズには、名前がそっくりな「ヴォーカリーズ(vocalese)」という手法があります。これは、有名なジャズの演奏やアドリブソロの旋律に後から歌詞をつけて歌うもので、歌詞がないヴォカリーズとは正反対に、むしろ言葉をぎっしり詰め込むスタイルです。ランバート・ヘンドリックス&ロスが広めた手法として知られ、コーラスグループのマンハッタン・トランスファーは1985年にそのものずばりのアルバム「Vocalese」を発表しています。英語の綴りも vocalise(ヴォカリーズ)と vocalese(ヴォーカリーズ)で違うので、検索するときは注意しましょう。

歌唱法何で歌うか旋律
ヴォカリーズ母音(口を開けて)作曲家が書いた旋律
スキャット意味のない音節主に即興
ハミング口を閉じた「ン」既存の旋律・即興どちらも
ヴォーカリーズ(vocalese)後からつけた歌詞ジャズの演奏・ソロの旋律
歌詞の有無と旋律の決まり方で4つの歌唱法を比べる 書かれた旋律 即興が中心 ヴォカリーズ 歌詞なし スキャット 歌詞なし ヴォーカリーズ 歌詞あり (該当なし) 歌詞あり ハミングは口を閉じて歌う方法で、どの区分でも使える
歌詞がなく書かれた旋律を歌うのがヴォカリーズ、歌詞がなく即興で歌うのがスキャット、ジャズの旋律に歌詞をつけて歌うのがヴォーカリーズ(vocalese)

ボイトレとしてのヴォカリーズ|歌が上手くなる効果と練習方法

ヴォカリーズは聴いて楽しむだけでなく、ポップスを歌う人にとっても効果の高い練習です。歌詞がないぶん、言葉の発音でごまかせない「声の土台」がそのまま表に出るため、自分の課題がはっきり見えるからです。

ヴォカリーズの練習で身につくこと

  • レガート(音のつながり): 母音のまま音を移るので、音と音の間で声が途切れたり押したりする癖に気づけます
  • 息の配分: 長いフレーズを最後まで同じ質の声で歌うには、吸った息を計画的に使う必要があります。歌のブレスの練習と組み合わせると効果的です
  • 響きと音色の統一: 低い音から高い音まで同じ母音の色を保つ練習は、喚声点での声のひっくり返りを目立たなくすることにもつながります
  • 音程の正確さ: 言葉のリズムに頼れないため、一音一音の音程のずれがはっきり聞こえます。録音して聴き返すと、ずれやすい音の癖がわかります

ヴォカリーズの練習方法(4ステップ)

  1. ハミングで響きを確かめる: 口を閉じ、楽な音域で旋律をハミングします。鼻や頬のあたりに響きを感じられたら準備完了です
  2. 短い音階を母音で歌う: 「ア」や「オ」で、ドレミファソファミレドのような5度の音階を歌います。音が変わっても口の中の形と響きが変わらないことを意識します
  3. フレーズ単位で練習する: 曲を息継ぎごとのフレーズに分け、1フレーズずつ母音で歌います。うまくいかない箇所は、音程だけをゆっくり確認してから母音に戻します
  4. 通して歌い、録音で確認する: 最後に通して歌い、録音を聴き返します。フレーズの終わりで声が痩せていないか、音色がそろっているかをチェックします

ラフマニノフのヴォカリーズは初心者には難しい曲ですが、コンコーネの50番の最初の数曲など、短くやさしいヴォカリーズから始めれば、声楽の経験がなくても取り組めます。ポップスの曲でも、歌詞を「ア」や「ウ」に置き換えて歌ってみると、同じ練習になります。

練習するときの注意点

高音で喉を締めて無理に出したり、長いフレーズで息が足りないのに押し切ったりすると、喉を痛める原因になります。1回の練習は短めにして、声がかすれる・喉がヒリヒリするなどの違和感があれば休みましょう。違和感が長く続く場合は、耳鼻咽喉科で相談してください。自己流では母音の癖や息の使い方に気づきにくいので、クラシックの発声に詳しい講師にみてもらうのも近道です。

ヴォカリーズの練習は4つのステップで進める 1 2 3 4 ハミング 響きを確認 母音で音階 形をそろえる フレーズ 1つずつ 通して録音 聴き返す 響きを保ったまま母音で旋律をつなぐ
ハミングで響きを確かめ、母音で短い音階を歌い、曲をフレーズごとに練習してから、通して録音で確認する

よくある質問

ヴォカリーズとはどういう意味ですか?
歌詞を使わず、母音などで旋律を歌う声楽曲や歌唱練習曲のことです。フランス語の vocalise(母音で歌う)が語源で、ラフマニノフの名曲の題名としても知られています。
ラフマニノフのヴォカリーズは何調ですか?
原調は嬰ハ短調です。ただし声種や楽器に合わせて移調した楽譜が多く、ホ短調など別の調の版もよく使われます。作曲者自身の声の入らない管弦楽版はホ短調です。
ヴォカリーズの楽譜は無料で手に入りますか?
原曲の楽譜は IMSLP で無料公開されています。原曲の著作権は日本を含む多くの国で保護期間が終わっていますが、コチシュ編などの編曲版には編曲者の権利があるので、コピーや配布の前に確認してください。
ヴォカリーズに日本語の歌詞はありますか?
ありません。作曲者が意図して歌詞をつけなかった曲で、歌い手は母音(多くは「ア」)で歌います。
ヴォカリーズとスキャットの違いは何ですか?
ヴォカリーズは作曲家が書いた旋律を母音で滑らかに歌い、スキャットは主にジャズで意味のない音節を使って即興で歌います。

まとめ

ヴォカリーズとは、歌詞を使わずに母音で旋律を歌う声楽曲・歌唱練習曲のことです。この記事のポイントを振り返ります。

  • 語源はフランス語の vocalise(母音で歌う)。練習曲と演奏会用の作品の両方を指す
  • ラフマニノフの「ヴォカリーズ」は歌曲集「14のロマンス」作品34の第14曲。原調は嬰ハ短調で、演奏時間は約5〜7分
  • 歌詞はなく、歌い手が選んだ母音で歌う。原調はソプラノ・テノール向けなので、ほかの声種は移調した楽譜を使う
  • 原曲の楽譜は IMSLP で無料。ピアノ(コチシュ編など)・チェロ・フルート・サックスなど楽器別の編曲も豊富
  • スキャットは即興の音節、ハミングは口を閉じた歌、ジャズのヴォーカリーズは歌詞をつける手法で、それぞれ別物
  • ボイトレとしても、レガート・息の配分・音色の統一を鍛える効果的な練習になる

ヴォカリーズは、言葉に頼らず声そのもので音楽を伝える、歌の基本が詰まった音楽です。独学で母音の響きや息の使い方をそろえるのが難しいと感じたら、専門の講師にみてもらうのがいちばんの近道です。ボイトレ教室検索では、全国の教室を地域や駅から探せます。クラシックの発声を学べる教室や体験レッスンを探して、ヴォカリーズに挑戦してみてください。